| 「地下壕-地下都市、沈黙ノ文化遺産」 |
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地下都市の魅力をはじめて体感したのは トルコのカッパドキアを訪れたときです。 緊急時の避難場所として築かれたとされる地下都市は アリの巣状の複雑な生活空間が地中深くひろがっていましたが、 1960年代に再認識されるようになるまで、 長年訪れる人もない暗黒の世界でした。 トルコの地下都市に匹敵する、膨大な数の忘れ去られた地下空間が 我々の足元にも広がっていると想像してみてください。 太平洋戦争末期、度重なる空襲と予想される本土決戦にそなえ 国は工場施設、作戦司令部、野戦病院、陣地等を地下に構築しました。. 地下壕は、都市機能の一部を地下へ移し、 地下都市になるはずでしたが、 全国で数千あるといわれる地下壕も、終戦とともに作業は中断され、 多くの人的損害、資金が投入されながらほとんどが未完成のまま放置されました。 いくつかは今も地下施設として使われているものの 戦後60年以上経過した現在、 地下壕は開発や埋め戻しなどにより、 戦争の記憶とともに失われようとしています。 世界が揺らぎはじめている今、 戦争の真実を伝える身近な証言者 沈黙ノ文化遺産として、地下壕の存在意義を感じています。 この写真展では地下壕の特殊性からほとんどの所在地、名称を伏せています。 ご了承ください。 写真取材にあたり、地下に導いてくださった多くの方のご協力に感謝いたします。 2007年11月
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| (ニコンサロン写真展挨拶文) | |
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